
近所の川で拾ってきた白い石をアヤメの花びらの形に割り、『古代緑』の石をスライスして葉の形にし、制作した最初の作品。ベースはセメント。

アヤメをモチーフに古代緑を使って描いた『最初の石創画作品』

最初の作品はセメントで制作したが、セメントに抵抗を覚えてデッサン等で馴染みのあった『石膏』を使って制作してみた。しかし作品の表面に水をかけて磨くと色がどんどん流れだして大失敗に終わった。
次に『樹脂』を使ってみた。だいたい思うようにできたが、「樹脂は年数が経つと色が変わる」と教えられて使用を断念した。
少しの時が流れたある日、ふとフレスコ画を思い出し「そうだ、やっぱりセメントがいい」、ここから現在までの『セメント』をベースにした石創画の技法の方向性が決定された。

この頃は、技法が未熟で石の魅力が強く、石板(3mm厚ほど)を要所に多く使い、他の部分は「石と顔料とセメント」を混ぜた本来の石創画絵具で表現していていた。
この技法により将来高度な塗り込みができるようになっていき、現在の複雑なモチーフも制作できるようになっていった。
そしてこの頃、のちに描くことになる『仁王』の図案も完成していたが、技法が伴わず描くことができなかった。

レリーフで『はにわ』『竹林』『波』を多く制作した。レリーフによる作品はそれなりに強さや面白さは表現できたが、「石で自由に絵を描きたい」との最初の思いとは少し違う気もしていた。

この時代は公募展に出品を始めた頃で、現代アート風に制作した作品を多く制作した。しかしある時、ふと最初の「石で自由に絵を描きたい」の発想を振り返り、その後は一切の出品をやめ、原点に返り、制作することにした。

1980年頃に図案のできていた『仁王』を技法の成熟により1991年に描くことができた。塗り込み技法の一つの完成だと思った。
次に1990年頃初めて能の鑑賞の機会があり、強烈な感動を覚え、能をモチーフにした作品にも挑戦した。
また、この頃『スズメ』との出会いがあり、それ以後スズメの作品も多く描くことになる。
こうして複雑なモチーフ、日本の伝統文化を描けるようになった1994年、海外で初めてフランスで個展を開催し、すばらしいメッセージを多くの国の人々から頂くことができた。1995年、モザイクで有名なイタリアでの展示も、フランス同様、高い評価をもらうことができた。
そして現在までの色々な技法の変遷を経て、2006年、能面だけレリーフにした作品や、悠久の刻を刻む『石創画時計』の制作など表現の追求は飽くことはありません。
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