

石創画とは「石とセメントと顔料」で描く、江田挙寛(エダタカヒロ)独自の絵画の技法で、その技法の確立は挑戦の連続だった。「石創画」の発想に至るそのルーツは1978年に知人宅で偶然見たきれいな赤い盆石だった…その石に出会い「石で自由に絵を描きたい」との想いから石創画への道が始まった。

1978年、36才の夏の出来事が、私を石創画家への道に歩ませることになる。
ある日、所用で知人宅を訪問した時、玄関に埃をかぶった赤い盆石が置いてあり、話の途中で家人が奥に消えた時、指を濡らして盆石の表面を擦ってみた。
赤い石の美しさが強烈に私の目に飛び込んできて、瞬時に「石で自由に絵を描きたい」と思った。
今思うと、独創性を追い求めたデザイナー出身の生き方の中からの発想なのだろう。
帰りがけにそのお宅の庭にあった15cmほどの正体のわからない『緑の石』を分けてもらって、子供のように心わくわく知人宅を後にした。
さかのぼれば高校の修学旅行で九州の阿蘇山に行った時、火口で拾った10cmほどの石を拾った。思い起こせば、その石が常に私の横にいて、何かを語りかけ私をこの道へ導いたのかもしれない。

知人宅で頂いた『緑の石』が気になって仕方がなくなり、その石のことが無性に知りたくなり、とりあえず近所の石屋さんに見せたが石の正体はわからなかった。ただ、石材問屋を紹介してもらうことができ、期待は繋がった。
そして次の日、石材問屋に出向いた。ここでも大理石であることはわかったが、それ以上のことは分からず、今度は大きな石材の輸入会社を紹介してもらうこととなった。後日、岐阜県のその会社を訪問した。
営業課長が応対して下さった。緑の石を見せると、答えは即座に返ってきた。「この石は山口県で採れる、『古代緑』という名の石です」との答えに私の心は「石で自由に絵を描きたい」の想いではち切れそうになった。

[1]石材は岐阜県の会社
色んな石材を集めようと思ったが、石のことを何も知らない私は緑の石のルーツを訪ねて教えてもらった、岐阜県の会社で、種類は少ないが集めることができた。
[2]顔料
ベースのセメントに色をつける顔料を近所の画材店で購入した。しかしセメントと化学反応を起こし、色が飛んでしまったため、セメント専用の顔料を用いることになる。
[3]固めるベースの決定(セメントに決まるまで)
そして一番の問題は固めるものに使う材料だった。まず最初に石膏でやってみることにした。しかしそれは大失敗に終わった。作品を制作し、水をかけて表面を磨いていくと塗り込んでいた顔料が水と共に流れてしまった。
次に樹脂を使ってみることにした。苦労しながら何とか作品らしい物ができた。何とかいけるかと思っていた時、友人が「樹脂は長年経つと色が変わる」と教えてくれた。このときは自分でも力が抜けていくのがわかった…。
数日後、ふとフレスコ画を思い出し、「そうだ、セメントで描いてみよう」ここから現在まで変わりなく『石と顔料とセメント』で制作する『石創画』が誕生した。
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